私はまた日記を「書きのがす」
一日のことを日記に書こうとする。
すると、まだ何かあるかもしれない、という「かもしれない」によって、
書くのは必然的に遅くなる。
そして、0時を超えて「ああ、日記を書きそびれた」となる。
ならば、日にちをずらしてでも「過去」を書く日記にすればいいのだが、
なんだか更新日が「この日にこういうことがあった」という符号みたいで、
だからやはり過去のことを書くのではなく、当日のことを書きたいな、と思う。
そうして、私はまた日記を「書きのがす」。
それでいいんだろうか。まあ、書けているうちはそれでもいいか。
ときどき「書きのがす」ぐらい、どうってことない。
それにしても「書きのがす」って、我ながら変な表現だ。
今日は、高円寺でカレーを食べた。
なんて書くと、非常にサブカルの匂いがする。
列に並んだのだが、前のお兄さんが、大喜利をやっている「ひつじのあゆみ」さんっぽくて、
なおのことサブカルぽかった。
カウンターのみ6席の大江カレー。
チキンカレーが非常に美味で、洪水は我が魂に及びって感じになった。
そう。大江といえば大江健三郎で、私はずっと『水死』を読んでいない。
もっと本当は読むべきなのに、なんか村上春樹の『夏帆』とか読んで。
なっちゃいないよ、まったく。文学読みの端にも置けないね!
なんていうのは言葉が強いけれど、でもたびたびそんな気持ちになるのだ。
読むべきものがたくさんある。時間は足りない。本を置くスペースも足りない。
ままならなさばかりが、人生では募っていく。